はじめに




 ボブ・マーリーは、かつて「神」と言われたことがあ

った。 

 歌の技量が優れている、ということではない。あるい

はヒット・ソングを量産して誰もその人気を超えること

ができない、という意味でもない。彼の歌や、歌詞、発

言が、天上からの啓示と聴こえる。だからヒトを超えた

ヒト、であると。

 今もそう思っている人がいる。ジャマイカの田舎で私

が出会った農民の中にもそう語る人がいた。日本の青年

たちにもいる。

 端正な顔立ちのボブ・マーリーである。エキゾチック

なオーラをたたえたスター性のある人だ。そんな彼が国

際的なスターとなったあとも豪奢に着飾ることなく、高

価とも見えないジーンズをはき、自宅の庭先で仲間や近

くの子どもたちに囲まれてギターを弾いている。その優

しいまなざし。だがそのような男がいったんステージに

立つや、モノノケにでもとり憑かれたかのように長い髪

を振り乱し、踊り、声を荒げてうたう。ジャー・ラスタ

はじめに

ファリなる存在を称え、ジャーの教えをもとに、真の生

き方を説き、世の邪悪や差別を徹底して糾弾するシンガ

ー、ボブ・マーリー。彼の歌は悪しき者をただこき下ろ

すだけではない。言葉が甘美なメロディに包まれている

から、聞き手はしだいに恍惚としてくるのであった。

 そこに何らかの「光」を見る人がいてもおかしくはな

いはずだ。

 ボブ・マーリーが出てくるまで、レゲエは世界的には

未知の音楽だった。彼はその筆頭のメッセンジャーとな

る同時に、レゲエすら超えた存在になった。

 その強烈なカリスマ性は、二十世紀以降のポピュラー

音楽の世界でも、異彩を放つ人物の一人であろう。

『ボブ・マーリーの一生』で私は、彼の誕生から死に至

るまでの三六年間を追う。追うことで「神」とまで言わ

れた人物の「核」を探ってみようと思うのだ。


 キーワードは「奴隷の子」である。

 すなわち、マルコムXが言った、次のような言葉が、

ボブ・マーリーの出発点であったと私は考えている。


「我々はすべて黒人であり、いわゆる『ニグロ』であり

二級市民であり、元奴隷である。あなたは元奴隷でしか

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