ない。

 そう 言われるのは 嫌だろう。しかしほかに何がある

のか。

 あなたは元奴隷なのだ。

 メイフラワー号に(自らが望

んで)乗って来たのではない。

あなたは奴隷船に乗せられここ

へ来た。鎖につながれ、馬のよ

うに、牛やニワトリのように、

あなたはメイフラワー号に乗っ

た人々によって、ここへ連れて

来られたのだ」


 マルコムXはアメリカ合衆国

において、黒人解放のためにそ

の生命を捧げた人物である。こ

こに引いたのは「草の根運動へのメッセージ」という、

一九六三年の 有名な演説の 一部だが、彼は同朋の黒人

たちへ向けて、自分が何者であり、いかなる過去を背負

いながら生きる存在であるのか自問することを求めてい

る。

 マルコムXは、アフリカを故郷とする黒人の末裔であ

はじめに

るならば、自分が「奴隷の子孫」であることに目をそら

すなと言う。

 マルコムXが伝えようとしたこと、それはジャマイカ

黒人、ボブ・マーリーにとっても無縁ではなかった。無

縁であるどころか、生前のマーリーは、マルコムXやマ

ーティン・ルーサー・キング牧師らの遺志を受け継ぐ黒

人解放運動の闘士とみなされていたこともあった。貧し

いカリブ海の小国、ジャマイカが生んだ国際的シンガー

は、その音楽が持つメッセージの鋭さゆえに「第三世界

の代弁者」なり「怒れる黒人たちの声」として格別の存

在とみなされてきた。

 残念なことにマルコムXは、右の演説から二年後の一

九六五年に、キング牧師は六八年に、共に凶弾に倒れた

が、ボブ・マーリーは、重ねられた暗殺の記憶がまだ消

えぬ七十年代初頭、二人の面影をどこかに遺しながら世

界に登場したのである。

 もちろんボブ・マーリーはミュージシャンである。彼

は多くのヒット曲を生み出したメロディ・メイカーであ

り、何より優れた歌手であった。

 ミュージシャンは音楽によって人の心を健やかに解き

放つことが第一の仕事であるのだろうが、マーリーや、

彼と同時代のレゲエ・ミュージシャンの多くは、往々に

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